自分たちが賄賂をとるものだから、賄賂の事を書かれると、嫌がつて改作させる。又自分たちが猥雑《わいざつ》な心もちに囚《とら》はれ易いものだから、男女《なんによ》の情さへ書いてあれば、どんな書物でも、すぐ誨淫《くわいいん》の書にしてしまふ。それで自分たちの道徳心が、作者より高い気でゐるから、傍《かたはら》痛い次第です。云はばあれは、猿が鏡を見て、歯をむき出してゐるやうなものでせう。自分で自分の下等なのに腹を立ててゐるのですからな。」
 崋山は馬琴の比喩が余り熱心なので、思はず失笑しながら、
「それは大きにさう云ふ所もありませう。しかし改作させられても、それは御老人の恥辱になる訳ではありますまい。改名主などが何と云はうとも、立派な著述なら、必ずそれだけの事はある筈です。」
「それにしても、ちと横暴すぎる事が多いのでね。さうさう一度などは獄屋へ衣食を送る件《くだり》を書いたので、やはり五六行削られた事がありました。」
 馬琴自身もかう云ひながら、崋山と一しよに、くすくす笑ひ出した。
「しかしこの後五十年か百年経つたら、改名主の方はゐなくなつて、八犬伝だけが残る事になりませう。」
「八犬伝が残る
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