にしろ、残らないにしろ、改名主の方は、存外何時までもゐさうな気がしますよ。」
「さうですかな。私にはさうも思はれませんが。」
「いや、改名主はゐなくなつても、改名主のやうな人間は、何時の世にも絶えた事はありません。焚書坑儒《ふんしよかうじゆ》が昔だけあつたと思ふと、大きに違ひます。」
「御老人は、この頃心細い事ばかり云はれますな。」
「私が心細いのではない。改名主どものはびこる世の中が、心細いのです。」
「では、益《ますます》働かれたら好いでせう。」
「兎に角、それより外はないやうですな。」
「そこで又、御同様に討死ですか。」
 今度は二人とも笑はなかつた。笑はなかつたばかりではない。馬琴はちよいと顔を堅くして、崋山を見た。それ程崋山のこの冗談のやうな語《ことば》には、妙な鋭さがあつたのである。
「しかしまづ若い者は、生きのこる分別をする事です。討死は何時でも出来ますからな。」
 程を経て、馬琴がかう云つた。崋山の政治上の意見を知つてゐる彼には、この時ふと一種の不安が感ぜられたからであらう。が、崋山は微笑したぎり、それには答へようともしなかつた。

       十三

 崋山が帰つた
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