琴は自ら恥づるもののやうに、苦笑した。
「たかが戯作《げさく》だと思つても、さうは行かない事が多いのでね。」
「それは私の絵でも同じ事です。どうせやり出したからには、私も行ける所までは行き切りたいと思つてゐます。」
「御互に討死ですかな。」
 二人は声を立てて、笑つた。が、その笑ひ声の中には、二人だけにしかわからない或寂しさが流れてゐる。と同時に又、主人と客とは、ひとしくこの寂しさから、一種の力強い興奮を感じた。
「しかし絵の方は羨ましいやうですな。公儀の御咎《おとが》めを受けるなどと云ふ事がないのは何よりも結構です。」
 今度は馬琴が、話頭を一転した。

       十二

「それはないが――御老人の書かれるものも、さう云ふ心配はありますまい。」
「いや、大にありますよ。」
 馬琴は改名主《あらためなぬし》の図書検閲が、陋《ろう》を極めてゐる例として、自作の小説の一節が役人が賄賂《わいろ》をとる箇条のあつた為に、改作を命ぜられた事実を挙げた。さうして、それにこんな批評をつけ加へた。
「改名主など云ふものは、咎《とが》め立《だ》てをすればする程、尻尾の出るのが面白いぢやありませんか。
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