た。京城《けいじょう》はすでに陥った。平壌《へいじょう》も今は王土ではない。宣祖王《せんそおう》はやっと義州《ぎしゅう》へ走り、大明《だいみん》の援軍を待ちわびている。もしこのまま手をつかねて倭軍《わぐん》の蹂躙《じゅうりん》に任せていたとすれば、美しい八道の山川《さんせん》も見る見る一望の焼野の原と変化するほかはなかったであろう。けれども天は幸にもまだ朝鮮を見捨てなかった。と云うのは昔青田の畔《くろ》に奇蹟《きせき》を現した一人の童児、――金応瑞《きんおうずい》に国を救わせたからである。
 金応瑞は義州《ぎしゅう》の統軍亭《とうぐんてい》へ駈《か》けつけ、憔悴《しょうすい》した宣祖王《せんそおう》の竜顔《りゅうがん》を拝した。
「わたくしのこうして居りますからは、どうかお心をお休めなさりとうございまする。」
 宣祖王は悲しそうに微笑した。
「倭将《わしょう》は鬼神《きじん》よりも強いと云うことじゃ。もしそちに打てるものなら、まず倭将の首を断《た》ってくれい。」
 倭将の一人――小西行長はずっと平壌《へいじょう》の大同館《だいどうかん》に妓生《ぎせい》桂月香《けいげつこう》を寵愛《ちょ
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