そう》をしている。」
 鬼上官《おにじょうかん》は二言《にごん》と云わずに枕の石を蹴《け》はずした。が、不思議にもその童児は頭を土へ落すどころか、石のあった空間を枕にしたなり、不相変《あいかわらず》静かに寝入っている!
「いよいよこの小倅《こせがれ》は唯者ではない。」
 清正は香染《こうぞ》めの法衣《ころも》に隠した戒刀《かいとう》の※[#「木+霸」、第3水準1−86−28]《つか》へ手をかけた。倭国《わこく》の禍《わざわい》になるものは芽生《めば》えのうちに除こうと思ったのである。しかし行長は嘲笑《あざわら》いながら、清正の手を押しとどめた。
「この小倅に何が出来るもんか? 無益《むやく》の殺生《せっしょう》をするものではない。」
 二人の僧はもう一度青田の間《あいだ》を歩き出した。が、虎髯《とらひげ》の生えた鬼上官だけはまだ何か不安そうに時々その童児をふり返っていた。……
 三十年の後《のち》、その時の二人の僧、――加藤清正と小西行長とは八兆八億の兵と共に朝鮮八道へ襲来《しゅうらい》した。家を焼かれた八道の民は親は子を失い、夫は妻を奪われ、右往左往《うおうさおう》に逃げ惑《まど》っ
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