ひまで歌つた。
 それから小林君が、舞妓《まひこ》に踊《をどり》を所望した。おまつさんは、座敷が狭いから、唐紙《からかみ》を明《あ》けて、次の間《ま》で踊ると好《い》いと云ふ。そこで椿餅《つばきもち》を食べてゐた舞妓が、素直《すなほ》に次の間へ行つて、京の四季を踊つた。遺憾ながらかう云ふ踊になると、自分にはうまいのだかまづいのだかわからない。が、花簪《はなかんざし》が傾いたり、だらりの帯が動いたり、舞扇《まひあふぎ》が光つたりして、甚《はなはだ》綺麗《きれい》だつたから、鴨《かも》ロオスを突《つつ》つきながら、面白がて眺めてゐた。
 しかし実を云ふと、面白がつて見てゐたのは、単に綺麗だつたからばかりではない。舞妓《まひこ》は風を引いてゐたと見えて、下を向くやうな所へ来ると、必ず恰好《かつかう》の好《い》い鼻の奥で、春泥《しゆんでい》を踏むやうな音がかすかにした。それがひねつこびた教坊《けうばう》の子供らしくなくつて、如何《いか》にも自然な好《い》い心もちがした。自分は酔《よ》つてゐて、妙に嬉しかつたから、踊がすむと、その舞妓に羊羹《やうかん》だの椿餅だのをとつてやつた。もし舞妓にきまり
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