ら賢明な車夫にしても到底《たうてい》満足に帰られなからう。
困つたなと思つてゐると、車夫が桐油《とうゆ》を外《はづ》してこの辺ぢやおへんかと云ふ。提灯《ちやうちん》の明りで見ると、車の前には竹藪があつた。それが暗の中に万竿《ばんかん》の青《せい》をつらねて、重なり合つた葉が寒さうに濡《ぬれ》て光つてゐる。自分は大へんな所へ来たと思つたから、こんな田舎《ゐなか》ぢやないよ、横町《よこちやう》を二つばかり曲ると、四条《しでう》の大橋《おほはし》へ出る所なんだと説明した。すると車夫が呆《あき》れた顔をして、ここも四条の近所どすがなと云つた。そこでへええ、さうかね、ぢやもう少し賑《にぎや》かな方《はう》へ行つて見てくれ、さうしたら分るだらうと、まあ一時を糊塗《こと》して置いた。所がその儘、車が動き出して、とつつきの横丁を左へ曲つたと思ふと、突然|歌舞練場《かぶれんぢやう》の前へ出てしまったから奇体《きたい》である。それも丁度《ちやうど》都踊《みやこをど》りの時分だつたから、両側には祗園団子《ぎをんだんご》の赤い提灯が、行儀《ぎやうぎ》よく火を入れて並んでゐる。自分は始めてさつきの竹藪が、建仁
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