《しようやうしんぱう》と言ふ新聞に寄す。僕の恬然《てんぜん》と本名を署して文章を公《おほやけ》にせる最初なり。細君の名は雅子《まさこ》、君子《くんし》の好逑《かうきう》と称するは斯《かか》る細君のことなるべし。
 秦豊吉《はたとよきち》 これも高等学校以来の友だちなり。松本幸四郎《まつもとかうしらう》の甥《をひ》。東京の法科大学を出《いで》、今はベルリンの三菱《みつびし》に在り、善良なる都会的才人。あらゆる僕の友人中、最も女に惚《ほ》れられるが如し。尤《もつと》も女に惚れられても、大した損はする男にあらず。永井荷風《ながゐかふう》、ゴンクウル、歌麿等《うたまろら》の信者なりしが、この頃はトルストイなどを担《かつ》ぎ出すことあり。僕にアストラカンの帽子を呉れる約束あれども、未《いま》だに何も送つて呉れず。文を行《や》るに自由なることは文壇の士にも稀なるべし。「ストリントベリイの最後の恋」は二三日に訳了せりと言ふ。
 藤岡蔵六《ふぢをかざうろく》 これも高等学校以来の友だちなり。東京の文科大学を出《いで》、今は法政大学か何かに在り。僕の友だちも多けれども、藤岡位損をした男はまづ外《ほか》に
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