人《ひとり》なり。東京の農科大学を出《いで》、今は北京《ペキン》の三菱《みつびし》に在り。重大ならざる恋愛上のセンテイメンタリスト。鈴木三重吉《すずきみへきち》、久保田万太郎《くぼたまんたらう》の愛読者なれども、近頃は余り読まざるべし。風采|瀟洒《せうしや》たるにも関《かかは》らず、存外《ぞんぐわい》喧嘩《けんくわ》には負けぬ所あり。支那に棉《わた》か何か植ゑてゐるよし。
 恒藤恭《つねとうきやう》 これは高等学校以来の友だちなり。旧姓は井川《ゐがは》。冷静なる感情家と言ふものあらば、恒藤は正にその一人《ひとり》なり。京都の法科大学を出《いで》、其処《そこ》の助教授か何かになり、今はパリに留学中。僕の議論好きになりたるは全然この辛辣《しんらつ》なる論理的天才の薫陶《くんたう》による。句も作り、歌も作り、小説も作り、詩も作り、画《ゑ》も作る才人なり。尤《もつと》も今はそんなことは知らぬ顔をしてゐるのに相違なし。僕は大学に在学中、雲州《うんしう》松江《まつえ》の恒藤《つねとう》の家にひと夏|居候《ゐさふらふ》になりしことあり。その頃恒藤に煽動《せんどう》せられ、松江紀行一篇を作り、松陽新報
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