彼は仏頂面《ぶつちやうづら》をしたまま、かう巡査に返事をした。
「わしはあの牛を盗んだから、三箇月も苦役《くえき》をして来たのでせう。して見ればあの牛はわしのものです。それが家へ帰つて見ると、やつぱり隣の小屋にゐましたから、(尤《もつと》も前よりは肥つてゐました。)わしの小屋へ曳いて来ただけですよ。それがどこが悪いのです?」
十一 嫉妬
「[#底本では起こしのカギがヌケ]わたしはずゐぶん嫉妬深いと見えます。たとへば宿屋に泊まつた時、そこの番頭や女中たちがわたしに愛想《あいそ》よくお時宜《じぎ》をするでせう。それから又|外《ほか》の客が来ると、やはり前と同じやうに愛想よくお時宜をしてゐるでせう。わたしはあれを見てゐると何《なん》だか後《あと》から来た客に反感を持たずにはゐられないのです。」――その癖僕にかう言つた人は僕の知つてゐる人々のうちでも一番温厚な好紳士だつた。
十二 第一の接吻
彼は彼女と夫婦になつた後《のち》、彼女に今までの彼に起つた、あらゆる情事を打ち明けることにした。その結果は彼の予想したやうに彼等の幸福を保証することになつた。しかし彼は彼女に
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