た。が、僕は「勝手にしろ」と思ひ、唯道ばたに佇《たたず》んでゐた。すると車の揺れる拍子に炭俵が一つ転げ落ちた。この男はやつと楫棒《かぢぼう》を下ろし、元のやうに炭俵を積み直した。それは僕には何《なん》ともなかつた。が、この男は前こごみになり、炭俵を肩へ上げながら、誰か人間にでも話しかけるやうに「こん畜生《ちくしよう》、いやに気を利《き》かしやがつて。車から下りるのはまだ早いや」と言つた。僕はそれ以来この男に、――この黒ぐろと日に焼けた車力《しやりき》に或親しみを感ずるやうになつた。
十 或農夫の論理
或|山村《さんそん》の農夫が一人《ひとり》、隣家の牝牛《めうし》を盗んだ為に三箇月の懲役に服することになつた。獄中の彼は別人のやうに神妙に一々獄則を守り、模範的囚人と呼ばれさへした。が、免役になつて帰つて来ると、もう一度同じ牝牛を盗み出した。隣家の主人は立腹し、今度も亦《また》警察権を借りることにした。彼等の村の駐在所の巡査は早速《さつそく》彼を拘引《こういん》した上、威丈高《ゐたけだか》に彼を叱りつけた。
「貴様は性《しやう》も懲《こ》りもない奴《やつ》だな。」
すると
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