過ぎると思つてゐることは、はつきりお上さんにわかつた為だつた。が、芸者も亦《また》何も言はずにその帯を貰つて帰つた後《のち》、百二十円の金を届けることにした。
 芸者は百二十円と聞いたものの、その帯がもつと高いことは勿論ちやんと承知してゐた。それから彼女自身はしめずに妹にその帯をしめさせることにした。何、莫迦莫迦《ばかばか》しい遠慮ばかりしてゐる?――東京人と云ふものは由来《ゆらい》かう云ふ莫迦莫迦しい遠慮ばかりしてゐる人種なのだよ。

     七 幸福な悲劇

 彼女は彼を愛してゐた。彼も亦《また》彼女を愛してゐた。が、どちらも彼等の気もちを相手に打ち明けるのに臆病だつた。
 彼はその後彼女以外の――仮に3と呼ぶとすれば、3と云ふ女と馴染《なじ》み出した。彼女は彼に反感を生じ、彼以外の――仮に4と呼ぶとすれば、4と云ふ男に馴染み出した。彼は又急に嫉妬を感じ、彼女を4から奪はうとした。彼女も彼と馴染むことは本望《ほんまう》だつたのに違ひなかつた。しかしもうその時には幸福にも――或は不幸にもいつか4に愛を感じてゐた。のみならず更に幸福だつたことには――或はこれも不幸だつたことには彼もい
前へ 次へ
全13ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング