さうしやくしや》になり白瀬中尉《しらせちうゐ》を当てこんだ「南極探険」と云ふ芝居へ出ることになつた。勿論それは夏芝居だつた。あの男は唯のペングイン鳥になり、氷山《ひようざん》の間《あひだ》を歩いてゐた。そのうちに烈しい暑さの為にとうとう悶絶《もんぜつ》して死んでしまつた。

     六 東京人

 或|待合《まちあひ》のお上《かみ》さんが一人《ひとり》、懇意な或芸者の為に或出入りの呉服屋へ帯を一本頼んでやつた。扨《さて》その帯が出来上つて見ると、それは註文|主《ぬし》のお上さんには勿論、若い呉服屋の主人にも派手《はで》過ぎると思はずにはゐられぬものだつた。そこでこの呉服屋の主人は何も言はずに二百円の帯を百五十円にをさめることにした。しかしこちらの心もちは相手のお上さんには通じてゐた。
 お上《かみ》さんは金を払つた後《のち》、格別その帯を芸者にも見せずに箪笥《たんす》の中にしまつて置いた。が、芸者は暫くたつてから、「お上さん、あの帯はまだ?」と言つた。お上さんはやむを得ずその帯を見せ、実際は百五十円払つたのに芸者には値段を百二十円に話した。それは芸者の顔色《かほいろ》でも、やはり派手
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