描いていた彼等の関係を肯定してやったのだ。君は僕が「愛《アムウル》のある結婚」を主張していたのを覚えているだろう。あれは僕が僕の利己心を満足させたいための主張じゃない。僕は愛《アムウル》をすべての上に置いた結果だったのだ。だから僕は結婚後、僕等の間の愛情が純粋なものでない事を覚った時、一方僕の軽挙を後悔すると同時に、そう云う僕と同棲《どうせい》しなければならない妻も気の毒に感じたのだ。僕は君も知っている通り、元来体も壮健じゃない。その上僕は妻を愛そうと思っていても、妻の方ではどうしても僕を愛す事が出来ないのだ、いやこれも事によると、抑《そもそも》僕の愛《アムウル》なるものが、相手にそれだけの熱を起させ得ないほど、貧弱なものだったかも知れない。だからもし妻と妻の従弟《いとこ》との間に、僕と妻との間よりもっと純粋な愛情があったら、僕は潔《いさぎよ》く幼馴染《おさななじみ》の彼等のために犠牲《ぎせい》になってやる考だった。そうしなければ愛《アムウル》をすべての上に置く僕の主張が、事実において廃《すた》ってしまう。実際あの妻の肖像画も万一そうなった暁に、妻の身代りとして僕の書斎に残して置く心算
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