たのか。』と、際《きわ》どい声で尋《たず》ねました。三浦は依然として静な調子で、『君こそ万事を知っていたのか。』と念を押すように問い返すのです。私『万事かどうかは知らないが、君の細君と楢山《ならやま》夫人との関係だけは聞いていた。』三浦『じゃ、僕の妻と妻の従弟との関係は?』私『それも薄々推察していた。』三浦『それじゃ僕はもう何も云う必要はない筈だ。』私『しかし――しかし君はいつからそんな関係に気がついたのだ?』三浦『妻と妻の従弟とのか? それは結婚して三月ほど経ってから――丁度あの妻の肖像画を、五姓田芳梅《ごせたほうばい》画伯に依頼して描《か》いて貰う前の事だった。』この答が私にとって、さらにまた意外だったのは、大抵《たいてい》御想像がつくでしょう。私『どうして君はまた、今日《こんにち》までそんな事を黙認していたのだ?』三浦『黙認していたのじゃない。僕は肯定《こうてい》してやっていたのだ。』私は三度《みたび》意外な答に驚かされて、しばらくはただ茫然と彼の顔を見つめていると、三浦は少しも迫らない容子《ようす》で、『それは勿論妻と妻の従弟との現在の関係を肯定した訳じゃない。当時の僕が想像に
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