ある。
「不思議な事もあればあるものだ。何しろ先方でもいつのまにか、水晶の双魚の扇墜が、枕もとにあったと云うのだから、――」
趙生はこう遇う人毎《ひとごと》に、王生の話を吹聴《ふいちょう》した。最後にその話が伝わったのは、銭塘《せんとう》の文人|瞿祐《くゆう》である。瞿祐はすぐにこの話から、美しい渭塘奇遇記《いとうきぐうき》を書いた。……
× × ×
小説家 どうです、こんな調子では?
編輯者 ロマンティクな所は好《い》いようです。とにかくその小品《しょうひん》を貰う事にしましょう。
小説家 待って下さい。まだ後《あと》が少し残っているのです。ええと、美しい渭塘奇遇記《いとうきぐうき》を書いた。――ここまでですね。
× × ×
しかし銭塘《せんとう》の瞿祐《くゆう》は勿論、趙生《ちょうせい》なぞの友人たちも、王生《おうせい》夫婦を載《の》せた舟が、渭塘《いとう》の酒家《しゅか》を離れた時、彼が少女と交換した、下《しも》のような会話を知らなかった。
「やっと芝居が無事にすんだね
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