ら、余り速力を早めずに堤の上を通り越した。保吉の捉える下《くだ》り列車はこれよりも半時間遅いはずだった。彼は時計を出して見た。しかし時計はどうしたのか、八時十五分になりかかっていた。彼はこの時刻の相違を時計の罪だと解釈《かいしゃく》した。「きょうは乗り遅れる心配はない。」――そんなことも勿論思ったりした。路に隣った麦畑はだんだん生垣《いけがき》に変り出した。保吉は「朝日《あさひ》」を一本つけ、前よりも気楽に歩いて行った。
 石炭殻《せきたんがら》などを敷いた路は爪先上《つまさきあが》りに踏切りへ出る、――そこへ何気《なにげ》なしに来た時だった。保吉は踏切りの両側《りょうがわ》に人だかりのしているのを発見した。轢死《れきし》だなとたちまち考えもした。幸い踏切りの柵《さく》の側に、荷をつけた自転車を止めているのは知り合いの肉屋の小僧だった。保吉は巻煙草《まきたばこ》を持った手に、後《うし》ろから小僧の肩を叩いた。
「おい、どうしたんだい?」
「轢《し》かれたんです。今の上《のぼ》りに轢かれたんです。」
 小僧は早口にこう云った。兎の皮の耳袋《みみぶくろ》をした顔も妙に生き生きと赫《かがや》
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