と足をのばし、ぼんやり窓の外の雪景色を眺めた。この物理の教官室は二階の隅に当っているため、体操器械のあるグラウンドや、グラウンドの向うの並松《なみまつ》や、そのまた向うの赤煉瓦《あかれんが》の建物を一目《ひとめ》に見渡すのも容易だった。海も――海は建物と建物との間《あいだ》に薄暗い波を煙《けむ》らせていた。
「その代りに文学者は上《あが》ったりだぜ。――どうだい、この間出した本の売れ口は?」
「不相変《あいかわらず》ちっとも売れないね。作者と読者との間には伝熱作用も起らないようだ。――時に長谷川君の結婚はまだなんですか?」
「ええ、もう一月ばかりになっているんですが、――その用もいろいろあるものですから、勉強の出来ないのに弱っています。」
「勉強も出来ないほど待ち遠しいかね。」
「宮本さんじゃあるまいし、第一|家《いえ》を持つとしても、借家《しゃくや》のないのに弱っているんです。現にこの前の日曜などにはあらかた市中を歩いて見ました。けれどもたまに明《あ》いていたと思うと、ちゃんともう約定済《やくじょうず》みになっているんですからね。」
「僕の方じゃいけないですか? 毎日学校へ通うのに汽
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