を物体とすれば、男も勿論物体だろう。すると恋愛は熱に当る訣《わけ》だね。今この男女を接触せしめると、恋愛の伝わるのも伝熱のように、より逆上《ぎゃくじょう》した男からより逆上していない女へ、両者の恋愛の等しくなるまで、ずっと移動をつづけるはずだろう。長谷川君の場合などは正にそうだね。……」
「そおら、はじまった。」
 長谷川はむしろ嬉しそうに、擽《くすぐ》られる時に似た笑い声を出した。
「今Sなる面積を通し、T時間内に移る熱量をEとするね。すると――好《い》いかい? Hは温度、Xは熱伝導《ねつでんどう》の方面に計《はか》った距離、Kは物質により一定されたる熱伝導率だよ。すると長谷川君の場合はだね。……」
 宮本は小さい黒板へ公式らしいものを書きはじめた。が、突然ふり返ると、さもがっかりしたように白墨《はくぼく》の欠《かけ》を抛《ほう》り出した。
「どうも素人《しろうと》の堀川君を相手じゃ、せっかくの発見の自慢《じまん》も出来ない。――とにかく長谷川君の許嫁《いいなずけ》なる人は公式通りにのぼせ出したようだ。」
「実際そう云う公式がありゃ、世の中はよっぽど楽になるんだが。」
 保吉は長なが
前へ 次へ
全11ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング