るが。」
「動物じゃない。物体だよ。――こいつは僕も苦心の結果、最近発見した真理なんだがね。」
「堀川さん、宮本さんの云うことなどを真面目《まじめ》に聞いてはいけませんよ。」
 これはもう一人の物理の教官、――長谷川《はせがわ》と云う理学士の言葉だった。保吉は彼をふり返った。長谷川は保吉の後《うし》ろの机に試験の答案を調べかけたなり、額の禿《は》げ上《あが》った顔中に当惑そうな薄笑いを漲《みなぎ》らせていた。
「こりゃ怪《け》しからん。僕の発見は長谷川君を大いに幸福にしているはずじゃないか?――堀川君、君は伝熱作用の法則を知っているかい?」
「デンネツ? 電気の熱か何かかい?」
「困るなあ、文学者は。」
 宮本はそう云う間《あいだ》にも、火の気《け》の映《うつ》ったストオヴの口へ一杯の石炭を浚《さら》いこんだ。
「温度の異なる二つの物体を互に接触《せっしょく》せしめるとだね、熱は高温度の物体から低温度の物体へ、両者の温度の等しくなるまで、ずっと移動をつづけるんだ。」
「当り前じゃないか、そんなことは?」
「それを伝熱作用の法則と云うんだよ。さて女を物体とするね。好《い》いかい? もし女
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