トルコだま》の指環がはいっている。
「久米《くめ》さんに野村《のむら》さん。」
 今度は珊瑚珠《さんごじゅ》の根懸《ねか》けが出た。
「古風だわね。久保田《くぼた》さんに頂いたのよ。」
 その後から――何が出て来ても知らないように、陳はただじっと妻の顔を見ながら、考え深そうにこんな事を云った。
「これは皆お前の戦利品だね。大事にしなくちゃ済まないよ。」
 すると房子は夕明りの中に、もう一度あでやかに笑って見せた。
「ですからあなたの戦利品もね。」
 その時は彼も嬉しかった。しかし今は……
 陳は身ぶるいを一つすると、机にかけていた両足を下した。それは卓上電話のベルが、突然彼の耳を驚かしたからであった。
「私。――よろしい。――繋《つな》いでくれ給え。」
 彼は電話に向いながら、苛立《いらだ》たしそうに額の汗を拭った。
「誰?――里見探偵《さとみたんてい》事務所はわかっている。事務所の誰?――吉井《よしい》君?――よろしい。報告は?――何が来ていた?――医者?――それから?――そうかも知れない。――じゃ停車場《ていしゃば》へ来ていてくれ給え。――いや、終列車にはきっと帰るから。――間違わ
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