ちんさい》は部屋の隅に佇《たたず》んだまま、寝台の前に伏し重《かさ》なった、二人の姿を眺めていた。その一人は房子《ふさこ》であった。――と云うよりもむしろさっきまでは、房子だった「物」であった。この顔中紫に腫《は》れ上った「物」は、半ば舌を吐いたまま、薄眼《うすめ》に天井を見つめていた。もう一人は陳彩であった。部屋の隅にいる陳彩と、寸分も変らない陳彩であった。これは房子だった「物」に重なりながら、爪も見えないほど相手の喉《のど》に、両手の指を埋《うず》めていた。そうしてその露《あら》わな乳房《ちぶさ》の上に、生死もわからない頭を凭《もた》せていた。
何分かの沈黙が過ぎた後《のち》、床《ゆか》の上の陳彩は、まだ苦しそうに喘《あえ》ぎながら、徐《おもむろ》に肥《ふと》った体を起した。が、やっと体を起したと思うと、すぐまた側にある椅子《いす》の上へ、倒れるように腰を下してしまった。
その時部屋の隅にいる陳彩は、静に壁際を離れながら、房子だった「物」の側に歩み寄った。そうしてその紫に腫上《はれあが》った顔へ、限りなく悲しそうな眼を落した。
椅子の上の陳彩は、彼以外の存在に気がつくが早いか
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