つぞや御庭の松へ、鋏《はさみ》をかけて居りましたら、まっ昼間《ぴるま》空に大勢の子供の笑い声が致したとか、そう申して居りました。それでもあの通り気が違う所か、御用の暇には私へ小言《こごと》ばかり申して居るじゃございませんか。」
 老女は紅茶の盆《ぼん》を擡《もた》げながら、子供を慰めるようにこう云った。それを聞くと房子の頬《ほお》には、始めて微笑らしい影がさした。
「それこそ御隣の坊ちゃんが、おいたをなすったのに違いないわ。そんな事にびっくりするようじゃ、爺やもやっぱり臆病なのね。――あら、おしゃべりをしている内に、とうとう日が暮れてしまった。今夜は旦那《だんな》様が御帰りにならないから、好いようなものだけれど、――御湯は? 婆や。」
「もうよろしゅうございますとも。何ならちょいと私が御加減を見て参りましょうか。」
「好いわ。すぐにはいるから。」
 房子はようやく気軽そうに、壁側《かべぎわ》の籐椅子《とういす》から身を起した。
「また今夜も御隣の坊ちゃんたちは、花火を御揚げなさるかしら。」
 老女が房子の後《あと》から、静に出て行ってしまった跡《あと》には、もう夾竹桃も見えなくなった、
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