目ざめて来た。それは誰かが後にいて、じっとその視線を彼女の上に集注しているような心もちである。
が、寝室の中には彼女のほかに、誰も人のいる理由はない。もしいるとすれば、――いや、戸には寝る前に、ちゃんと錠《じょう》が下《おろ》してある。ではこんな気がするのは、――そうだ。きっと神経が疲れているからに相違ない。彼女は薄明《うすあかる》い松林を見下しながら、何度もこう考え直そうとした。しかし誰かが見守っていると云う感じは、いくら一生懸命に打ち消して見ても、だんだん強くなるばかりである。
房子はとうとう思い切って、怖《こ》わ怖《ご》わ後《うしろ》を振り返って見た。が、果して寝室の中には、飼《か》い馴《な》れた三毛猫の姿さえ見えない。やはり人がいるような気がしたのは、病的な神経の仕業《しわざ》であった。――と思ったのはしかし言葉通り、ほんの一瞬の間だけである。房子はすぐにまた前の通り、何か眼に見えない物が、この部屋を満たした薄暗がりのどこかに、潜《ひそ》んでいるような心もちがした。しかし以前よりさらに堪えられない事には、今度はその何物かの眼が、窓を後にした房子の顔へ、まともに視線を焼きつけ
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