て、何《なん》の手柄《てがら》にもならない」と云つてゐる。これも同感と云ふ外はない。就中《なかんづく》「若い人人」の中に僕も加へてくれるならば、一層同感することは確かである。
しかし君の「随筆の流行といふことを、人人にはつきり意識させたのは、中戸川吉二《なかとがはきちじ》氏の始めた、雑誌「随筆」の発刊が機縁になつて居ると思ふ。(中略)しかし随筆と云ふものが、芥川氏や、その他の諸氏の定義して居るやうに難かしいものだとすると、(中略)到底《たうてい》随筆専門の雑誌の発刊なんか、思ひも及ばないことになる」と云ふのは聊《いささ》か矯激《けいげき》の言である。雑誌「随筆」は必《かならず》しも理想的随筆ばかり掲載せずとも好《よ》い。現に君の主宰《しゆさい》する雑誌「新潮」を読んで見給へ。時には多少の旧潮をも掲載してゐることは事実である。
中村|武羅夫《むらを》君
僕は大体君の文に答へ尽したと信じてゐる。が、もう一言《ひとこと》つけ加へれば、僕の随筆を論じた文も理路整然としてゐた次第ではない。僕は「清閑を得る前にはまづ金を持たなければならない。或は金を超越しなければならない。これはどちらも絶望
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