腕を組んだまま、突けんどんにかう言ひ放ちました。
「ぢやけふは失敬しよう。」
 僕は悄気返《しよげかへ》つたラツプと一しよにもう一度往来へ出ることにしました。人通りの多い往来は不相変|毛生欅《ぶな》の並み木のかげにいろいろの店を並べてゐます。僕等は何と云ふこともなしに黙つて歩いて行きました。するとそこへ通りかかつたのは髪の長い詩人のトツクです。トツクは僕等の顔を見ると、腹の袋から半巾《ハンケチ》を出し、何度も額を拭ひました。
「やあ、暫らく会はなかつたね。僕はけふは久しぶりにクラバツクを尋ねようと思ふのだが、……」
 僕はこの芸術家たちを喧嘩させては悪いと思ひ、クラバツクの如何にも不機嫌だつたことを婉曲にトツクに話しました。
「さうか。ぢややめにしよう。何しろクラバツクは神経衰弱だからね。……僕もこの二三週間は眠られないのに弱つてゐるのだ。」
「どうだね、僕等と一しよに散歩をしては?」
「いや、けふはやめにしよう。おや!」
 トツクはかう叫ぶが早いか、しつかり僕の腕を掴みました。しかもいつか体中に冷や汗を流してゐるのです。
「どうしたのだ?」
「どうしたのです?」
「何、あの自動車の窓
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