ツクに比べれば、遥かに贅沢に暮らしてゐます。と云ふのは資本家のゲエルのやうに暮らしてゐると云ふ意味ではありません。唯いろいろの骨董を、――タナグラの人形やペルシアの陶器を部屋一ぱいに並べた中にトルコ風の長椅子を据ゑ、クラバツク自身の肖像画の下にいつも子供たちと遊んでゐるのです。が、けふはどうしたのか両腕を胸へ組んだまま、苦い顔をして坐つてゐました。のみならずその又足もとには紙屑が一面に散らばつてゐました。ラツプも詩人のトツクと一しよに度たびクラバツクには会つてゐる筈です。しかしこの容子に恐れたと見え、けふは丁寧にお辞宜をしたなり、黙つて部屋の隅に腰をおろしました。
「どうしたね? クラバツク君。」
僕は殆《ほとん》ど挨拶の代りにかう大音楽家へ問かけました。
「どうするものか? 批評家の阿呆め! 僕の抒情詩はトツクの抒情詩と比べものにならないと言やがるんだ。」
「しかし君は音楽家だし、……」
「それだけならば我慢も出来る。僕はロツクに比べれば、音楽家の名に価しないと言やがるぢやないか?」
ロツクと云ふのはクラバツクと度たび比べられる音楽家です。が、生憎超人倶楽部の会員になつてゐない関
前へ
次へ
全77ページ中39ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング