知つてゐます。わたしの妻などはこの河童を悪人のやうに言つてゐますがね。しかしわたしに言はせれば、悪人よりも寧ろ雌の河童に掴まることを恐れてゐる被害妄想の多い狂人です。……そこでその雌の河童は亭主のココアの茶碗の中へ青化加里を入れて置いたのです。それを又どう間違へたか、客の獺に飲ませてしまつたのです。獺は勿論死んでしまひました。それから……」
「それから戦争になつたのですか?」
「ええ、生憎その獺は勲章を持つてゐたものですからね。」
「戦争はどちらの勝になつたのですか?」
「勿論この国の勝になつたのです。三十六万九千五百匹の河童たちはその為に健気にも戦死しました。しかし敵国に比べれば、その位の損害は何ともありません。この国にある毛皮と云ふ毛皮は大抵獺の毛皮です。わたしもあの戦争の時には硝子を製造する外にも石炭殻を戦地へ送りました。」
「石炭殻を何にするのですか?」
「勿論食糧にするのです。我々河童は腹さへ減れば、何でも食ふにきまつてゐますからね。」
「それは――どうか怒らずに下さい。それは戦地にゐる河童たちには……我々の国では醜聞ですがね。」
「この国でも醜聞には違ひありません。しかしわ
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