はクイクイの外はありますまい。しかもクイクイはこのゲエルの後援を受けずにはゐられないのです。」
 ゲエルは不相変微笑しながら、純金の匙をおもちやにしてゐます。僕はかう云ふゲエルを見ると、ゲエル自身を憎むよりも、プウ・フウ新聞の記者たちに同情の起るのを感じました。するとゲエルは僕の無言に忽ちこの同情を感じたと見え、大きい腹を膨ませてかう言ふのです。
「何、プウ・フウ新聞の記者たちも全部労働者の味かたではありませんよ。少くとも我々河童と云ふものは誰の味かたをするよりも先に我々自身の味かたをしますからね。……しかし更に厄介なことにはこのゲエル自身さへやはり他人の支配を受けてゐるのです。あなたはそれを誰だと思ひますか? それはわたしの妻ですよ。美しいゲエル夫人ですよ。」
 ゲエルはおほ声に笑ひました。
「それは寧ろ仕合せでせう。」
「兎に角わたしは満足してゐます。しかしこれもあなたの前だけに、――河童でないあなたの前だけに手放しで吹聴出来るのです。」
「するとつまりクオラツクス内閣はゲエル夫人が支配してゐるのですね。」
「さあ、さうも言はれますかね。……しかし七年前の戦争などは確かに或雌の河童
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