、べた一面に錐《きり》の穴をあけてあったと云うのですから、やはり半之丞らしいのには違いないのですが。
「な」の字さんは翌年《よくとし》の夏にも半之丞と遊ぶことを考えていたそうです。が、それは不幸にもすっかり当《あて》が外《はず》れてしまいました。と言うのはその秋の彼岸《ひがん》の中日《ちゅうにち》、萩野半之丞は「青ペン」のお松に一通の遺書《いしょ》を残したまま、突然|風変《ふうがわ》りの自殺をしたのです。ではまたなぜ自殺をしたかと言えば、――この説明はわたしの報告よりもお松|宛《あて》の遺書に譲ることにしましょう。もっともわたしの写したのは実物の遺書ではありません。しかしわたしの宿の主人が切抜帖《きりぬきちょう》に貼《は》っておいた当時の新聞に載っていたものですから、大体間違いはあるまいと思います。
「わたくし儀《ぎ》、金がなければお前様《まえさま》とも夫婦になれず、お前様の腹の子の始末《しまつ》も出来ず、うき世がいやになり候間《そうろうあいだ》、死んでしまいます。わたくしの死がいは「た」の字病院へ送り、(向うからとりに来てもらってもよろしく御座《ござ》候。)このけい約書とひきかえに二
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