の話したままを書けば、半之丞は(作者註。田園的《でんえんてき》嫉妬《しっと》の表白としてさもあらんとは思わるれども、この間《あいだ》に割愛せざるべからざる数行《すうぎょう》あり)と言うことです。
 前に書いた「な」の字さんの知っているのはちょうどこの頃の半之丞でしょう。当時まだ小学校の生徒だった「な」の字さんは半之丞と一しょに釣に行ったり、「み」の字|峠《とうげ》へ登ったりしました。勿論半之丞がお松に通《かよ》いつめていたり、金に困っていたりしたことは全然「な」の字さんにはわからなかったのでしょう。「な」の字さんの話は本筋にはいずれも関係はありません。ただちょっと面白かったことには「な」の字さんは東京へ帰った後《のち》、差出し人|萩野半之丞《はぎのはんのじょう》の小包みを一つ受けとりました。嵩《かさ》は半紙《はんし》の一しめくらいある、が、目かたは莫迦《ばか》に軽い、何かと思ってあけて見ると、「朝日」の二十入りの空《あ》き箱に水を打ったらしい青草がつまり、それへ首筋の赤い蛍《ほたる》が何匹もすがっていたと言うことです。もっともそのまた「朝日」の空き箱には空気を通わせるつもりだったと見え
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