く婆さんの話によれば、発頭人《ほっとうにん》のお上は勿論「青ペン」中《じゅう》の女の顔を蚯蚓腫《みみずば》れだらけにしたと言うことです。
 半之丞の豪奢を極《きわ》めたのは精々《せいぜい》一月《ひとつき》か半月《はんつき》だったでしょう。何しろ背広は着て歩いていても、靴《くつ》の出来上って来た時にはもうその代《だい》も払えなかったそうです。下《しも》の話もほんとうかどうか、それはわたしには保証出来ません。しかしわたしの髪を刈りに出かける「ふ」の字軒の主人の話によれば、靴屋は半之丞の前に靴を並べ、「では棟梁《とうりょう》、元値《もとね》に買っておくんなさい。これが誰にでも穿《は》ける靴ならば、わたしもこんなことを言いたくはありません。が、棟梁、お前《まえ》さんの靴は仁王様《におうさま》の草鞋《わらじ》も同じなんだから」と頭を下《さ》げて頼んだと言うことです。けれども勿論半之丞は元値にも買うことは、出来なかったのでしょう。この町の人々には誰に聞いて見ても、半之丞の靴をはいているのは一度も見かけなかったと言っていますから。
 けれども半之丞は靴屋の払いに不自由したばかりではありません。それか
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