ぐる廻る、鍵《かぎ》の手に大根畑《だいこんばたけ》を走り抜ける、蜜柑山《みかんやま》をまっ直《すぐ》に駈《か》け下《お》りる、――とうとうしまいには芋《いも》の穴の中へ大男の半之丞を振り落したまま、どこかへ行ってしまいました。こう言う災難に遇《あ》ったのですから、勿論火事などには間《ま》に合いません。のみならず半之丞は傷だらけになり、這《は》うようにこの町へ帰って来ました。何《なん》でも後《あと》で聞いて見れば、それは誰も手のつけられぬ盲馬《めくらうま》だったと言うことです。
ちょうどこの大火のあった時から二三年|後《ご》になるでしょう、「お」の字町の「た」の字病院へ半之丞の体を売ったのは。しかし体を売ったと云っても、何も昔風に一生奉公《いっしょうぼうこう》の約束をした訣《わけ》ではありません。ただ何年かたって死んだ後《のち》、死体の解剖《かいぼう》を許す代りに五百円の金を貰《もら》ったのです。いや、五百円の金を貰ったのではない、二百円は死後に受けとることにし、差し当りは契約書《けいやくしょ》と引き換えに三百円だけ貰ったのです。ではその死後に受けとる二百円は一体誰の手へ渡るのかと言う
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