好《い》い男だった上に腕も相当にあったと言うことです。けれども半之丞に関する話はどれも多少|可笑《おか》しいところを見ると、あるいはあらゆる大男|並《なみ》に総身《そうみ》に智慧《ちえ》が廻り兼ねと言う趣《おもむき》があったのかも知れません。ちょっと本筋へはいる前にその一例を挙げておきましょう。わたしの宿の主人の話によれば、いつか凩《こがらし》の烈《はげ》しい午後にこの温泉町を五十|戸《こ》ばかり焼いた地方的大火のあった時のことです。半之丞はちょうど一里ばかり離れた「か」の字村のある家へ建前《たてまえ》か何かに行っていました。が、この町が火事だと聞くが早いか、尻を端折《はしょ》る間《ま》も惜しいように「お」の字|街道《かいどう》へ飛び出したそうです。するとある農家の前に栗毛《くりげ》の馬が一匹|繋《つな》いである。それを見た半之丞は後《あと》で断《ことわ》れば好《い》いとでも思ったのでしょう。いきなりその馬に跨《またが》って遮二無二《しゃにむに》街道を走り出しました。そこまでは勇ましかったのに違いありません。しかし馬は走り出したと思うと、たちまち麦畑へ飛びこみました。それから麦畑をぐる
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