《ついで》に小説じみた事実談を一つ報告しましょう。もっともわたしは素人《しろうと》ですから、小説になるかどうかはわかりません。ただこの話を聞いた時にちょうど小説か何か読んだような心もちになったと言うだけのことです。どうかそのつもりで読んで下さい。
 何《なん》でも明治三十年代に萩野半之丞《はぎのはんのじょう》と言う大工《だいく》が一人、この町の山寄《やまよ》りに住んでいました。萩野半之丞と言う名前だけ聞けば、いかなる優男《やさおとこ》かと思うかも知れません。しかし身の丈《たけ》六尺五寸、体重三十七貫と言うのですから、太刀山《たちやま》にも負けない大男だったのです。いや、恐らくは太刀山も一籌《いっちゅう》を輸《ゆ》するくらいだったのでしょう。現に同じ宿《やど》の客の一人、――「な」の字さんと言う(これは国木田独歩《くにきだどっぽ》の使った国粋的《こくすいてき》省略法に従ったのです。)薬種問屋《やくしゅどいや》の若主人は子供心にも大砲《おおづつ》よりは大きいと思ったと言うことです。同時にまた顔は稲川《いながわ》にそっくりだと思ったと言うことです。
 半之丞は誰に聞いて見ても、極《ごく》人の
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