に》に、死ぬるまでぢや。幸ひ此処に松の枯木が、二股に枝を伸ばしてゐる。まづこの梢に登るとしようか。――阿弥陀仏よや。おおい。おおい。
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再び浪の音 どぶりどぶん。
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老いたる法師 あの物狂ひに出合つてから、もう今日は七日目《なぬかめ》ぢや。何でも生身《しやうじん》の阿弥陀仏に、御眼にかかるなぞと云うてゐたが。その後は何処《いづく》へ行き居つたか、――おお、この枯木の梢の上に、たつた一人登つてゐるのは、紛《まぎ》れもない法師ぢや。御坊《ごばう》。御坊。……返事をせぬのも不思議はない。何時《いつ》か息が絶えてゐるわ。餌袋《ゑぶくろ》も持たぬ所を見れば、可哀さうに餓死《うゑし》んだと見える。
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三度波の音 どぶんどぶん。
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老いたる法師 この儘《まま》梢に捨てて置いては、鴉の餌食にならうも知れぬ。何事も前世の因縁ぢや。どれわしが葬うてやらう。――や、これはどう
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