ゐては、阿弥陀仏の御前《おんまへ》も畏《おそ》れ多い。では御免《ごめん》を蒙《かうむ》らうか。――阿弥陀仏よや。おおい。おおい。
老いたる法師 いや、飛んだ物狂ひに出合うた。どれわしも帰るとしよう。
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三度《みたび》松風の音 こうこう。更に又浪の音 どぶりどぶり。
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五位の入道 阿弥陀仏よや。おおい。おおい。
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浪の音 時に千鳥の声 ちりりりちりちり。
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五位の入道 阿弥陀仏よや。おおい。おおい。――この海辺《うみべ》には舟も見えぬ。見えるのは唯浪ばかりぢや。阿弥陀仏の生まれる国は、あの浪の向ふにあるかも知れぬ。もし身共《みども》が鵜《う》の鳥ならば、すぐに其処へ渡るのぢやが、……しかしあの講師も阿弥陀仏には、広大無辺《くわうだいむへん》の慈悲があると云うた。して見れば身共が大声に、御仏の名前を呼び続けたら、答位はなされぬ事もあるまい。されずば呼び死《じ
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