けなげ》な御志だ。
干魚《ひうを》を売る女 何の健気な事がありますものか? 捨てられた妻子の身になれば、弥陀仏でも女でも、男を取つたものには怨みがありますわね。
青侍 いや、大きにこれも一理窟だ。ははははは。
犬 わんわん。わんわん。
五位の入道 阿弥陀仏よや。おおい。おおい。
馬上の武者 ええ、馬が驚くわ。どうどう。
櫃《ひつ》をおへる従者《ずさ》 気違ひには手がつけられませぬ。
老いたる尼 あの法師は御存知の通り、殺生好《せつしやうず》きな悪人でしたが、よく発心《ほつしん》したものですね。
若き尼 ほんたうに恐しい人でございました。山狩や川狩をするばかりか、乞食なぞも遠矢《とほや》にかけましたつけ。
手に足駄《あしだ》を穿《は》ける乞食 好《い》い時に遇《あ》つたものだ。もう二三日早かつたら、胴中《どうなか》に矢の穴が明いたかも知れぬ。
栗|胡桃《くるみ》などを商ふ主《あるじ》 どうして又ああ云ふ殺伐《さつばつ》な人が、頭を剃《そ》る気になつたのでせう?
老いたる尼 さあ、それは不思議ですが、やはり御仏《みほとけ》の御計《おんはか》らひでせう。
油を商ふ主 私《わたし》はきつと天狗
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