憎々《にくにく》しい顔ぢやないか? あんな顔をした御上人が何処《どこ》の国にゐるものかね。
菜売の媼 勿体《もつたい》ない事を御云ひでない。罰《ばち》でも当つたら、どうおしだえ?
童 気違ひやい。気違ひやい。
五位《ごゐ》の入道《にふだう》 阿弥陀仏よや。おおい。おおい。
犬 わんわん。わんわん。
物詣《ものまうで》の女房 御覧なさいまし。可笑《をか》しい法師が参りました。
その伴《つれ》 ああ云ふ莫迦者《ばかもの》は女と見ると、悪戯《いたづら》をせぬとも限りません。幸ひ近くならぬ内に、こちらの路へ切れてしまひませう。
鋳物師《いものし》 おや、あれは多度《たど》の五位殿ぢやないか?
水銀《みずかね》を商ふ旅人 五位殿だか何だか知らないが、あの人が急に弓矢を捨てて、出家してしまつたものだから、多度《たど》では大変な騒ぎだつたよ。
青侍《あをざむらひ》 成程五位殿に違ひない。北の方や御子様たちは、さぞかし御歎きなすつたらう。
水銀を商ふ旅人 何でも奥方や御子供衆は、泣いてばかり御出でだとか云ふ事でした。
鋳物師 しかし妻子《つまこ》を捨ててまでも、仏門に入らうとなすつたのは、近頃|健気《
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