うけて、この通り御宗旨に、帰依《きえ》して居りますのですから。
 牛商人は、得意さうに自分の胸を指さした。見ると、成る程、小さな真鍮《しんちゆう》の十字架が、日に輝きながら、頸《くび》にかかつてゐる。すると、それが眩《まぶ》しかつたのか、伊留満《いるまん》はちよいと顔をしかめて、下を見たが、すぐに又、前よりも、人なつこい調子で、冗談《じようだん》ともほんとうともつかずに、こんな事を云つた。
 ――それでも、いけませんよ。これは、私の国の掟《おきて》で、人に話してはならない事になつてゐるのですから。それより、あなたが、自分で一つ、あててごらんなさい。日本の人は賢いから、きつとあたります。あたつたら、この畑にはえてゐるものを、みんな、あなたにあげませう。
 牛商人は、伊留満が、自分をからかつてゐるとでも思つたのであらう。彼は、日にやけた顔に、微笑を浮べながら、わざと大仰に、小首を傾けた。
 ――何でございますかな。どうも、殺急《さつきふ》には、わかり兼ねますが。
 ――なに今日でなくつても、いいのです。三日の間に、よく考へてお出でなさい。誰かに聞いて来ても、かまひません。あたつたら、これを
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