培養につとめてゐた。
 すると、或日の事、(それは、フランシス上人が伝道の為に、数日間、旅行をした、その留守中の出来事である。)一人の牛商人《うしあきうど》が、一頭の黄牛《あめうし》をひいて、その畑の側を通りかかつた。見ると、紫の花のむらがつた畑の柵の中で、黒い僧服に、つばの広い帽子をかぶつた、南蛮の伊留満が、しきりに葉へついた虫をとつてゐる。牛商人は、その花があまり、珍しいので、思はず足を止めながら、笠をぬいで、丁寧にその伊留満へ声をかけた。
 ――もし、お上人様、その花は何でございます。
 伊留満は、ふりむいた。鼻の低い、眼の小さな、如何にも、人の好ささうな紅毛《こうまう》である。
 ――これですか。
 ――さやうでございます。
 紅毛は、畑の柵によりかかりながら、頭をふつた。さうして、なれない日本語で云つた。
 ――この名だけは、御気の毒ですが、人には教へられません。
 ――はてな、すると、フランシス様が、云つてはならないとでも、仰有《おつしや》つたのでございますか。
 ――いいえ、さうではありません。
 ――では、一つお教へ下さいませんか、手前も、近ごろはフランシス様の御教化を
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