みんなあげます。この外にも、珍陀《ちんた》の酒をあげませう。それとも、波羅葦僧垤利阿利《はらいそてれある》の絵をあげますか。
 牛商人は、相手があまり、熱心なのに、驚いたらしい。
 ――では、あたらなかつたら、どう致しませう。
 伊留満は帽子をあみだに、かぶり直しながら、手を振つて、笑つた。牛商人が、聊《いささか》、意外に思つた位、鋭い、鴉《からす》のやうな声で、笑つたのである。
 ――あたらなかつたら、私があなたに、何かもらひませう。賭《かけ》です。あたるか、あたらないかの賭です。あたつたら、これをみんな、あなたにあげますから。
 かう云ふ中に紅毛は、何時《いつ》か又、人なつこい声に、帰つてゐた。
 ――よろしうございます。では、私も奮発して、何でもあなたの仰有《おつしや》るものを、差上げませう。
 ――何でもくれますか、その牛でも。
 ――これでよろしければ、今でも差上げます。
 牛商人は、笑ひながら、黄牛《あめうし》の額を、撫でた。彼はどこまでも、これを、人の好い伊留満の、冗談だと思つてゐるらしい。
 ――その代り、私が勝つたら、その花のさく草を頂きますよ。
 ――よろしい。よろ
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