のもそのためだなぞと、妙な理窟をいい出すのです。そんな時はわたしが何といっても、耳にかける気色《けしき》さえありません。ただもうわたしは薄情だと、そればかり口惜《くや》しそうに繰返すのです。もっとも発作《ほっさ》さえすんでしまえば、いつも笑い話になるのですが、………
「若槻はまたこうもいうんだ。何でも相手の浪花節語りは、始末に終えない乱暴者だそうです。前に馴染《なじみ》だった鳥屋の女中に、男か何か出来た時には、その女中と立ち廻りの喧嘩をした上、大怪我《おおけが》をさせたというじゃありませんか? このほかにもまだあの男には、無理心中《むりしんじゅう》をしかけた事だの、師匠《ししょう》の娘と駈落《かけお》ちをした事だの、いろいろ悪い噂《うわさ》も聞いています。そんな男に引懸《ひっか》かるというのは一体どういう量見《りょうけん》なのでしょう。………
「僕は小《こ》えんの不しだらには、呆《あき》れ返らざるを得ないと云った。しかし若槻の話を聞いている内に、だんだん僕を動かして来たのは、小えんに対する同情なんだ。なるほど若槻は檀那《だんな》としては、当世|稀《まれ》に見る通人かも知れない。が、あの
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