指折りだそうだ。そのほか発句《ほっく》も出来るというし、千蔭流《ちかげりゅう》とかの仮名《かな》も上手だという。それも皆若槻のおかげなんだ。そういう消息を知っている僕は、君たちさえ笑止《しょうし》に思う以上、呆《あき》れ返らざるを得ないじゃないか?
「若槻は僕にこういうんだ。何、あの女と別れるくらいは、別に何とも思ってはいません。が、わたしは出来る限り、あの女の教育に尽して来ました。どうか何事にも理解の届いた、趣味の広い女に仕立ててやりたい、――そういう希望を持っていたのです。それだけに今度はがっかりしました。何も男を拵《こしら》えるのなら、浪花節語りには限らないものを。あんなに芸事には身を入れていても、根性の卑《いや》しさは直らないかと思うと、実際|苦々《にがにが》しい気がするのです。………
「若槻《わかつき》はまたこうもいうんだ。あの女はこの半年《はんとし》ばかり、多少ヒステリックにもなっていたのでしょう。一時はほとんど毎日のように、今日限り三味線を持たないとかいっては、子供のように泣いていました。それがまたなぜだと訊《たず》ねて見ると、わたしはあの女を好いていない、遊芸を習わせる
前へ
次へ
全16ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング