ス患者はこの小さい一村の中にも何人出たかわからなかつた。しかもお民は発病する前に、やはりチブスの為に倒れた鍛冶屋の葬式の穴掘り役に行つた。鍛冶屋にはまだ葬式の日にやつと避病院へ送られる弟子の小僧も残つてゐた。「あの時にきつと移つたずら」――お住は医者の帰つた後、顔をまつ赤にした患者のお民にかう非難を仄《ほのめ》かせたりした。
 お民の葬式の日は雨降りだつた。しかし村のものは村長を始め、一人も残らず会葬した。会葬したものは又一人も残らず若死したお民を惜しんだり、大事の稼ぎ人を失つた広次やお住を憐んだりした。殊に村の総代役は郡でも近々にお民の勤労を表彰する筈だつたと云ふことを話した。お住は唯さう云ふ言葉に頭を下げるより外はなかつた。「まあ運だとあきらめるだよ。わし等もお民さんの表彰に就《つ》いちや、去年から郡役所へ願ひ状を出すしさ、村長さんやわしは汽車賃を使つて五度も郡長さんに会ひに行くしさ、やさしい骨を折つたことぢやなえ。だがの、わし等もあきらめるだから、お前さんも一つあきらめるだ。」――人の好い禿げ頭の総代役はかう常談《じやうだん》などもつけ加へた。それを又若い小学教員は不快さうにじろ
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