のやうに吼《たけ》り出した。丁度この時孫の広次は祖母の膝を枕にしたまま、とうにすやすや寝入つてゐた。が、お住はその孫さへ、「広、かう、起きろ」と揺すり起した上、いつまでもかう罵りつづけた。
「広、かう、起きろ。広、かう、起きて、お母さんの云ひ草を聞いてくよう。お母さんはおらに死ねつて云つてゐるぞ。な、よく聞け。そりやお母さんの代になつて、銭は少しは殖《ふ》えつらけんど、一町三段の畠はな、ありやみんなおぢいさんとおばあさんとの開墾したもんだぞ。そりようどうだ? お母さんは楽がしたけりや死ねつて云つてるぞ。――お民、おらは死ぬべえよう。何の死ぬことが怖いもんぢや。いいや、手前の指図なんか受けなえ。おらは死ぬだ。どうあつても死ぬだ。死んで手前にとつ着いてやるだ。……」
お住は大声に罵り罵り、泣き出した孫と抱き合つてゐた。が、お民は不相変ごろりと炉側へ寝ころんだなり、そら耳を走らせてゐるばかりだつた。
―――――――――――――――――
けれどもお住は死ななかつた。その代りに翌年の土用明け前、丈夫自慢のお民は腸チブスに罹《かか》り、発病後八日目に死んでしまつた。尤も当時腸チブ
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