するのう。」
「なあん、女にや外へ出るよか、内の仕事が一番|好《い》いだよう。」
「いいや、畠仕事の好きなのは何よりだよう。わしの嫁なんか祝言《しうげん》から、はえ、これもう七年が間、畠へはおろか草むしりせえ、唯の一日も出たことはなえわね。子供の物の洗濯だあの、自分の物の仕直しだあのつて、毎日|永《なが》の日を暮らしてらあね。」
「そりやその方が好いだよう。子供のなりも見好くしたり、自分も小綺麗《こぎれい》になつたりするはやつぱし浮世の飾りだよう。」
「でもさあ、今の若え者は一体に野良仕事が嫌ひだよう。――おや、何ずら、今の音は?」
「今の音はえ? ありやお前さん、牛の屁だわね。」
「牛の屁かえ? ふんとうにまあ。――尤も炎天に甲羅《かふら》を干し干し、粟《あは》の草取りをするのなんか、若え時にや辛いからね。」
 二人の老婆はかう云ふ風に大抵平和に話し合ふのだつた。
       ―――――――――――――――――
 仁太郎の死後八年余り、お民は女の手一つに一家の暮らしを支へつづけた。同時に又いつかお民の名は一村の外へも弘《ひろ》がり出した。お民はもう「稼ぎ病」に夜も日も明けない若後家
前へ 次へ
全22ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング