ら飛び下りるのもやはり見苦しいのに相違ない。僕はこれ等の事情により、薬品を用ひて死ぬことにした。薬品を用ひて死ぬことは縊死することよりも苦しいであらう。しかし縊死することよりも美的嫌悪を与へない外に蘇生《そせい》する危険のない利益を持つてゐる。唯この薬品を求めることは勿論僕には容易ではない。僕は内心自殺することに定め、あらゆる機会を利用してこの薬品を手に入れようとした。同時に又毒物学の知識を得ようとした。
それから僕の考へたのは僕の自殺する場所である。僕の家族たちは僕の死後には僕の遺産に手《た》よらなければならぬ。僕の遺産は百坪の土地と僕の家と僕の著作権と僕の貯金二千円のあるだけである。僕は僕の自殺した為に僕の家の売れないことを苦にした。従つて別荘の一つもあるブルヂヨアたちに羨ましさを感じた。君はかう云ふ僕の言葉に或|可笑《をか》しさを感じるであらう。僕も亦今は僕自身の言葉に或|可笑《をか》しさを感じてゐる。が、このことを考へた時には事実上しみじみ不便を感じた。この不便は到底避けるわけには行かない。僕は唯家族たちの外に出来るだけ死体を見られないやうに自殺したいと思つてゐる。
しかし
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