夕《ゆふべ》、南蛮寺《なんばんじ》の門前で、その姫君の輿《こし》の上に、一匹の悪魔が坐つてゐるのを見た。が、この悪魔は外《ほか》のそれとは違つて、玉のやうに美しい顔を持つてゐる。しかもこまねいた両手と云ひ、うなだれた頭《かしら》と云ひ、恰《あたか》も何事かに深く思ひ悩んでゐるらしい。
 うるがん[#「うるがん」に傍点]は姫君の身を気づかつた。双親《ふたおや》と共に熱心な天主教《てんしゆけう》の信者である姫君が、悪魔に魅入《みい》られてゐると云ふ事は、唯事《ただごと》ではないと思つたのである。そこでこの伴天連《ばてれん》は、輿《こし》の側へ近づくと、忽《たちまち》尊い十字架《くるす》の力によつて難なく悪魔を捕へてしまつた。さうしてそれを南蛮寺の内陣《ないじん》へ、襟がみをつかみながらつれて来た。
 内陣には御主《おんあるじ》耶蘇《ヤソ》基督《キリスト》の画像《ぐわざう》の前に、蝋燭《らふそく》の火が煤《くす》ぶりながらともつてゐる。うるがん[#「うるがん」に傍点]はその前に悪魔をひき据ゑて、何故《なぜ》それが姫君の輿の上に乗つてゐたか、厳しく仔細《しさい》を問ひただした。
「私《わたくし
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