タスの道に従つて魔術の力を教へた。バルタザアルは太陽の十二宮を研究すればする程、バルキスの事を忘れて行つた。メンケラは之れを見て歓喜にみたされたのである。
『陛下、バルキス女王の金の袍の下には、山羊の様な趾の裂けた足があるさうでございます。』
『誰がそんな馬鹿な事を云つた。』
『陛下、シバとエチオピアでは誰でも申す事でございます。バルキス女王の片|脛《はぎ》は毛だらけで、片足は二つに裂けた黒い爪ぢやと皆が申して居ります』と宦官はかう答へるのである。
 バルタザアルは肩を聳かした。バルキスが足でも脛でも外の女と変りなく、其上点の打ち所の無い程美しいのを知つてゐるからである。けれども其何でもない考があのやうに深く愛してゐた女の記憶を傷けた。王はバルキスの美しさが、何もしない人々の想像では瑕物になつてゐると云ふ事を考へると、今更のやうに女王が嫌になつた。事実は玉のやうに美しいにせよ、異類で通つてゐる女と関係したのだと思ふと、王ははげしい嫌悪の情を感ぜずにはゐられなかつた。二度とバルキスに逢ふ気は起らない。バルタザアルは単純な心を持つてゐた。けれども恋と云ふものは複雑な情緒だつたのである。
 
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